待ち伏せ
P98 l1
(「私」または作者にとって強調に値する内容があるはず。)
               ↑倒置表現

娘の年齢と、彼女の「尋ねた」内容(父親(「私」)が、「戦争で人を殺したのでは」ということ)との関係についての思いが表れている。(「早くも」や「ついに」などの気持ちが考えられる。)
↓ l6
「私は困ってしまった」「正しいと」考えて、本当のことを言わなかった。
l9
「それ(戦争で人を殺したこと)こそが私が戦争の話を書きつづけている理由なのだ。」

「私」は、それを人に伝えるべき重大な体験として意義づけている。(娘に対しても、「いつか娘が同じ質問をしてくれたらいい」と、伝えることを望んでいる。)

作品中の「私」について
(小説における登場人物は、必ずしも現実に結びつける必要はなく、文芸作品として読むならむしろ作品世界は独立させて考えるべき)
P99 l2
「私は彼が怖かった――というか何かが怖かった」

「彼」が怖かったのが、表面上の短絡的な印象に過ぎず、実態としてはその「怖かった」という感覚は漠然としたものだったということを、「私」自身が認識していることが表現されている。(実際、「彼」についての描写(P100)には、恐怖の対象となるような要素はそれほどない。)
P99 l6
「小隊」…「大隊」「中隊」など、隊の規模を表すもののひとつ。
「靄」…霧よりも少し見通しが良い程度の状態。
P100 l1
「どっちがどっちかさえわからなかった」…周囲の暗さ、靄、また藪の中で周囲の見分けがつかないこと、更に「私」の目がまだ覚めきっていないことなどが示唆されている。

それでいて、置かれている状況の中には武器やその用意された状態などの深刻で緊迫した印象が考えられるべきものも共存している。
(私的な状況や感情を持つ生身の個人と、置かれている事態の緊迫感とが対照され、戦争の現実感を印象付けている。→l3「ピンは真っすぐになっていた」なども同様。)

P100 l9
「若者」が現れた時の様子。
「サンダルを履いて…歩いていた…くつろいでいるように…急ぐ様子もなく…道の真ん中を歩いていた…」
(後に「私」が感じている恐怖に結びつく様子は全くなく、普通の若者以上の特徴は強調されていない。)

l13
「音はまったく聞こえなかった。音を聞いた記憶はまったくない。彼は…朝霧の一部…イマジネーションの一部であるみたい…」
(緊張(l15「胃だけが現実感を持っているように感じている」)に追い詰められ、感覚に異常をきたしている。)

P101 l1
「条件反射的に…」…主体的な意識による行動でないことが読み取れる。
(l14 恐怖に突き動かされるばかりで、攻撃する対象である「彼」はひとつの象徴性を負わされただけの存在だった。)
「この手榴弾は…あいつを消し去ってくれるのだ」

P101 そこに合理性や積極的判断が介在していないことが説明されている。「人を殺すということについてとくに考えなかった。」
P102 l3
「投げるんだと自分に言いきかせる前に…もう投げてしまっていた」…人を殺す、人が死ぬという深刻な行為でさえ、明確な意識による制御に基づいていない。
P100〜102
作品に関わる、「戦争」「人間」のあり方を象徴している観点。

戦争は、一見抽象化されがちな事態と言えるが、実際に関わる人間は、生身の個人だということ。また、戦場という極限的な状況において、人間にほとんど主体的意識が働かなくなること(理性や人間性が効力を失ってしまうという事)。
P102 l6
「一瞬停止した…」

記憶に刻み込まれた、印象深い場面(l5、l7 倒置表現が見られ、またそれが反復表現にもなっている)。
P102 l13
「若者」が現れて以降初めて意識される主観的表現。
→(l10からの、死に直面し慌てる「若者」の様子から、彼が初めて生身の感触や自分との人間的なつながりをもって認められたと考えられる)
l14
「ぽんと爆ぜる(はじける、破裂する)ような音…大きな音でもない…予想した音とは違っていた」

人間を殺傷する兵器のイメージとは遠い、あっさりとした音(その後の短い文による客観的記述の連続にも、その「人の死のあっけなさ」を感じさせる意図を読み取ることができる)。
P103 l7
「そしていつもそんな具合にことは運んだだろう」
→一般化し、「自分はいつも」「人間はいつも」(何かに突き動かされて、無用な悲劇を引き起こしている)ということを暗示しているとも考えられる。
P103 l13
「そんなの(l8「カイオワ」たちの「説得」の話。)はどうでもいいことだった…あまりにも複雑で、あまりにも抽象的すぎるように…」
↓ l14
「その若者の死体というひとつの事実」の、単純な、強い具体性を目の前にしては、殺したことの正当性や背景はほとんど意味をなさなかった。
P104 l4
「朝霧の中からその若者が現れる…わずかに猫背気味…頭は片方にかしいでいる…」
意味上それほど必要とも思えない描写が並んでいる。
→単なる「兵士」や「戦死者」といった抽象ではなく、実際に存在する(した)具体的な個人としての特徴を表現しなおすことで、戦争(体験)の現実感を印象付けている。

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